2010年度修士論文

茨城県沖で繰り返し発生する海溝型大地震の広帯域強震記録を用いた震源過程の推定と比較

瀧口 正治


近年の地震波形記録のインバージョンなどを用いた震源過程の研究から,地震時の断層面上のすべりの分布は一様でなく,すべりの大きな場所(アスペリティ)とそうでない場所が存在することが知られている.さらに東北日本で繰り返し発生する海溝型地震などでは,毎回の地震で同じアスペリティが破壊している可能性が報告されてきた.これらは主として1 Hzよりも低周波数の地震波形記録に基づく解析結果であり,繰り返す地震の特徴と強震動の発生についての知見を得るためには,高周波数も含む広帯域強震動の解析を行って空間的に詳細な震源過程を調べる必要がある.本研究では茨城県沖で1982年と2008年に発生した2回の地震活動を対象として,経験的グリーン関数法を用いた強震波形モデリングによって,0.3 Hzから10 Hzまでの広帯域強震動を説明するような詳細な震源モデルを構築した.具体的には1982年7月23日23時23分のMJ 7.0の地震(本震),2008年5月8日1時2分のMJ 6.4の地震および1時45分のMJ 7.0の地震(前震と本震)を対象に解析を行った.さらに既往の遠地地震波形インバージョンの結果との比較や得られた震源モデル同士の比較を行い,繰り返す海溝型地震の震源過程の特徴について議論した.

はじめに,多数の強震観測点で波形記録が得られている2008年の2つの地震について解析を行った.これらの地震は観測波形の特徴から,それぞれ震源を破壊開始点とする単一の強震動生成領域<(地震時に強震動を放出するような,周りに比べてすべり速度と応力降下量の大きな領域)を持つような震源モデルを仮定した.解析によって得られた2008年の前震と本震の強震動生成領域はそれぞれ4.5 km×4.5 kmと11.4 km×11.4 kmの大きさで,その破壊の進展方向は前震が主として西方向,本震が主として北東方向であった.推定されたすべり量はそれぞれ約2.5 mと4.4 mであった.本震の強震動生成領域のすべり量は,この地域の1982年から2008年までのプレートの平均沈み込み量約2.1 mと比べてやや大きな値である.

次に,1982年の本震について解析を行った.1982年の本震の震源は2008年の本震の震源の約30 km東,前震の約5 km南に位置するが,観測波形には主破壊の前に初期破壊に対応する相が見られた.そこで震源と強震動生成領域の位置が離れていて,震源の破壊(初期破壊)の後に単一の強震動生成領域の破壊(主破壊)が始まるような震源モデルを仮定した.走時解析により主破壊は震源から約33km西,2008年の本震の震源の約7 km北で,震源の破壊開始の約11秒後に始まったと推定された.この情報をもとに解析を行ったところ,主破壊開始点から主として北東に破壊が進展する,単一の強震動生成領域からなる震源モデルが推定された.1982年の本震の強震動生成領域の大きさは2008年の本震と同じであるが,そのすべり量は約6.6 mで,1982年の本震の方が約1.5倍大きかった.2つの本震の強震動生成領域は一部重なっている.

以上の解析で得られた3つの地震の強震動生成領域はいずれも遠地地震波形インバージョンによるアスペリティの内部に位置し,その大きさはアスペリティ領域よりも小さかった.これはこれまでの東北日本の海溝型地震における結果と調和的である.また2つの本震の強震動生成領域は同じ大きさと破壊様式を持つが,その応力降下量や,強震動生成領域の破壊開始に至るまでの初期破壊の有無などには違いが見られ,両地震の強震動生成領域は完全には重なっていない可能性もある.遠地地震記録の解析によると2つの本震は同じアスペリティの破壊によってもたらされたとされていたが,本研究のような子細な解析を行うことで,より細かい時空間スケールにおいては,毎回の地震で強震動生成領域が異なっている可能性が示唆された.