コーダスペクトル比法による内陸地殻内地震系列の応力降下量の推定
染井 一寛
地震の発生前と発生後での断層面上における応力の変化は,応力降下量として知られる.蓄積された応力を解放する現象として地震を知る上で,この応力降下量は,震源の特徴を表す重要なパラメータである.応力降下量の大きさは,低周波地震や深発地震などの地震を除き,概ね0.1MPaから100MPaの間であることが知られている. この応力降下量の大小が,何に起因するものであるのかを調べることは,震源断層の特徴を表す上で重要な問題である.現在まで,応力降下量が地震規模,断層タイプ,震源深さなど,地震発生環境に関係するパラメータとの相関が指摘されてきている.しかし,異なる解析手法や,異なるデータに基づく解析,異なる断層モデルを仮定した解析によって,応力降下量が推定されているため,応力降下量のばらつきの成因に関して,このような手法の違いに起因するものを取り除いた上で,震源断層の本質的な特性によるものかを議論する必要がある.本研究は,統一的な手法を同等なデータに適用することにより応力降下量の推定を行い,応力降下量の大きさを決定している要因について考察することを目的とする.解析対象を,統一的な手法とデータの適用が可能な1997年−2008年に日本で発生した8つの内陸地殻内地震(1997鹿児島県北西部,2000鳥取県西部,2004中越,2004留萌支庁南部,2005福岡県西方沖,2007能登半島,2007中越沖,2008岩手・宮城)の本震−余震の地震系列で,F-netによる地震モーメントが与えられている3.1≦MW≦6.9の計286個のイベントを対象として,応力降下量を求め,ひずみ集中帯内外といった各地震系列の発生環境による差異,また,震源深さや本震時のすべり分布との比較など,地震系列内での特徴について調べる.これらのイベントは高密度の強震観測網が日本に設置されて以降に発生したMW6.0程度以上の本震とそれらの余震であり,どのイベントに対しても,同等の強震データの取り扱いができる.
解析手法として,地震波コーダスペクトル比法を適用し,観測地震波形記録から震源スペクトルを抽出し,応力降下量を推定した.スペクトル比法は,同一観測点で観測された規模の異なる地震ペアの振幅スペクトル比をとることで,伝播経路特性とサイト特性を取り除くことができる.また,コーダ波のスペクトル比をとることで,実体波を用いる解析に比べて,地震ペアを選ぶ条件(震源位置やメカニズム解の類似)に強く拘束されることもなく,安定に観測震源スペクトル比を得ることができる.
得られた応力降下量は,0.01MPaから100MPaという4桁オーダーの範囲内で求まった.各地震系列は2〜3桁オーダーのばらつきを示した.本研究は,統一した解析手法を適用しているため,各地震系列に現れたばらつきは,各々のイベントの震源特性を表していると考えられる.まず,地震系列間で応力降下量を比較すると,1997年鹿児島県北西部地震系列は全体に大きいが,2004年留萌支庁南部や2000年鳥取県西部地震系列は全体に小さく,その他の地震系列はこれらの中間程度の値を示した.このことから,本震の断層タイプやひずみ集中帯内外といった違いによって,各地震系列の応力降下量に明瞭な違いはみられないことがわかった.各地震系列内での各イベントの応力降下量の特徴として,震源深さ,メカニズム,本震のすべり分布等との比較を行った.2007年能登半島地震系列に応力降下量の深さ依存性が見られることや,各地震系列の相対的に大きい応力降下量を持つイベントがすべりの大きくないところに位置するなどの特徴は見られたが,応力降下量の大小を規定する系統的な特徴を得ることはできなかった.各地震系列のイベントの応力降下量が幅広い値をとることは,本震による断層運動後の断層面上及びその周辺の強度分布や応力分布が複雑であることを示唆していると考えられる.