2019年度修士論文

静岡県地域の高密度強震観測網の記録を用いたスペクトルインバージョン法に基づく震源特性,伝播経路特性,サイト増幅特性評価

島津 颯斗


地震動を構成する震源特性,伝播経路特性,サイト増幅特性を理解することは,観測された地震動の生成メカニズムを理解するために必要不可欠であり,将来起こり得る強震動予測の観点から重要である.地震調査研究推進本部の全国地震動予測地図2018年度版(2019年1月修正版)では,静岡県のほぼ全域で,今後30年間で震度6弱以上の揺れに見舞われる確率が26%以上であるように,静岡県地域の強震動予測では,南海トラフ地震の震源断層も近いことから揺れが大きいことは確実だが,地盤による揺れの違いや厚い堆積層のある地域はより揺れが大きくなることが考えられる.また,上記地図はモデルに基づいて作成されており,モデルによる揺れの推定が妥当か,適切であるかは地震記録を用いて調べていく必要がある.

本研究では,スペクトルインバージョン法(e.g.,岩田・入倉,1986 ) によって,静岡県地域の強震観測点でのサイト増幅特性,伝播経路特性,震源特性を分離した.観測点はK-NET,KiK-net,SK-net,JMA 観測点を含む166観測点を使用した.使用した地震は,静岡県周辺領域で1996年5月から2019年7月までの期間で発生した501イベントであり,ペア総数は8440記録である.基準観測点はKiK-net のSZOH24を選定し,全周波数帯でサイト増幅特性2とした.また,プレート境界等の静岡県地域の複雑な地殻構造を考慮し,糸魚川-静岡構造線を目安に東経138.625°で東西ブロックに分割し,ブロックインバージョンを行った.

分離した震源特性からは,地震モーメント,コーナー周波数,応力降下量を求めた.求めた地震モーメントはF-net の地震モーメントと調和的であり,応力降下量からは,震源深さ依存性が強く見られた.

また,伝播経路特性の分離によって得られたQ値を,1.0-10Hzの周波数帯域においてモデル化した結果,西部ではQ=245.4f0.38,東部ではQ=74.1f0.96とモデル化され,それぞれ同地域の既往研究のモデルと調和的なhigh-Q,low-Q領域であることが判明し,静岡地域では複雑な地殻構造が存在している可能性が考えられた.

分離したサイト増幅特性は,J-SHIS深部地盤モデルやWakai et al.(2019) の浅部・深部統合地盤モデルの各S波速度構造や,それに基づく理論増幅率と比較した結果,0.5-2.0Hz帯では深部地盤の影響を,2.0-10.0Hz帯では浅部地盤の影響を強く受けると考えられ,また,1.0-2.0Hz帯では,浅部地盤が軟弱で厚い低速度層が存在する場合,浅部地盤の影響も強く反映される可能性が考えられた.また,Wakai et al.(2019) モデルの理論増幅率は,J-SHISモデルのそれよりも,本解析のサイト増幅特性に対して,卓越周波数や形状の類似性の高いサイトが平野部を中心に広帯域で多く見られ,モデルの説明力が向上していると判断できた.次に若松・松岡(2013)の微地形区分によるサイト増幅特性のグループ化を行い,微地形毎のサイト増幅特性の特徴が概観でき,松岡・他(2005)の微地形区分毎の平均AVS30 値について,本研究のサイト増幅特性の値と概ね負の相関が見られた.また,近距離観測点におけるサイト増幅特性は,観測点間距離が数100mでも,その地域を特徴付ける地盤によって大きく異なるケースが確認された.

また,2009年駿河湾の地震と2011年静岡県東部の地震における弱震時と強震時のサイト増幅特性の比較から,14観測点で強震時に卓越周波数の低周波側への移動が見られた.この非線形挙動を示す観測点はAVS30の低い軟弱な地盤上に多く見られ,弱震時と強震時の卓越周波数比と水平動PGAとに正の相関が見られた.一方,水平動PGAが高い観測点では,AVS30の比較的高いサイトでも上述の特徴が見られたが,卓越周波数比は全体傾向と比較して低い値を示しこれは同等のPGAでも軟弱地盤よりも剛性率低下が小さくなるためである可能性が考えられた.