2003年度修士論文

2002年アラスカ・デナリ地震の震源過程と強震動特性の評価

浅野 公之


2002年11月3日22時12分(協定世界時)に,アメリカ合衆国アラスカ州のデナリ(Denali)断層系でモーメントマグニチュード7.9の地震が発生した.これは,主に右横ずれの運動をする地殻内の地震であり,地表地震断層が約300 kmにわたって出現した.この地震による強震波形がいくつかの強震観測点で得られ,最も断層から近い強震観測点は震源断層から約3 kmの地点に位置している.このような発生頻度の比較的低い巨大地震の震源過程や強震動特性について,実際の観測記録にもとづいて解析することは地震学的に重要な課題である.

本研究では,強震波形(速度)及びGPS観測点での静的水平変位記録を用いたマルチタイムウィンドウ線形波形インバージョン法により,2002年Denali地震の震源過程を推定した.グリーン関数は,既存の広角反射・屈折法地震探査の結果を参照して水平成層構造を仮定し,離散化波数積分法及び反射透過係数行列法により計算している.地表地震断層及び余震分布より,4枚のセグメントからなる断層面を設定した.

インバージョンにより得られた最適な震源モデルは,第一タイムウィンドウの伝播速度(仮想最速破壊フロント)が破壊進行中に2800 m/sから3400 m/sに変化するものとなった.2002年Denali地震と地震規模やメカニズム,テクトニクス的環境が類似している既存の地震(1979年Imperial Valley地震,1999年Kocaeli地震,2001年崑崙山地震)では,断層の一部分で破壊伝播速度がせん断波速度を超えたことが報告されている.本研究の解析結果は,大局的な破壊伝播速度はせん断波速度を超えないが,局所的には破壊伝播速度が4000 m/sを超えていることを示す結果が得られた.この震源モデルは,観測された強震記録やGPS記録を良好に説明している.特に,断層最短距離が約3 kmであり,破壊が進む方向に位置するPS10観測点の記録はよく再現されている.

断層面上でのすべりの大きい領域は破壊開始点から約80 - 90 km東及び約150 - 200 km東の領域に見られる.これらの空間的なすべり分布の特徴は,遠地実体波を用いた既存の震源インバージョン結果などとも調和的であり,時空間的により詳細なモデルを得ることができた.また,インバージョンで得られた最浅部のすべり量分布が地表地震断層の変位量分布と調和的であったことは,活断層情報が震源過程と関連していることを示している.本研究の断層面積を地震規模に対するスケーリングの経験式と比較したところ,自己相似モデルよりは, Lモデルにやや調和的な傾向を示した.得られた震源モデルを特性化することにより得られたアスペリティ(すべり量が平均すべり量よりも一定以上大きい領域)の全面積も,既存の地殻内地震のインバージョン結果を整理することにより得られた経験式から期待される面積と比較してやや小さめの値になった.

最後に,インバージョン解析で得られた震源モデル及び地下構造モデルを仮定して,差分法を用いた断層周辺地域における地震動シミュレーションを実施した.これにより,走向方向に非常に長い断層における不均質な震源過程が,面的な地震動分布に与える影響を見ることができる.その結果,断層面上のすべりの大きい領域の真上及びその周辺のほかに,破壊の終端であるTotschunda断層周辺から東の領域に地震動の大きい領域が見られた.これは,破壊が約300 kmにわたって西から東へユニラテラルに進行した結果である.この特徴はアンケート震度による震度分布とも調和的であった.