Doctoral Dissertation 2012

震度情報に基づく長大活断層帯の震源断層のモデル化 ‐1891年濃尾地震を例として‐

栗山 雅之


 複数の断層セグメントが同時に活動する可能性がある長大活断層帯(総延長概ね80km以上)で発生した地震の震源像を得ることは,巨大な内陸地殻内地震の特徴や断層セグメントの活動特性を知る鍵となるとともに広域の地震被害を考える上でも重要な課題である.こういった地震で科学的知見や史料のある経験が少ない中で,本学位論文では,長大活断層帯で複数の活断層が破壊した1891年濃尾地震を対象として,その震源断層モデルを,広域および震源域近傍の震度情報に基づいて推定した.この際,近年その方法が発展してきている震源モデルに基づく強震動シミュレーション手法によって求められた震動波形より震度を計算し,観測震度と比較することで,限られた情報から最適な震源断層モデルを求めることとした.これは同時に,長大活断層帯が破壊する地震の強震動予測のための震源モデル化手法について議論することを可能とする.

 第1に広域の震度情報を対象として,地震規模を規定するモデル化手法の検討を行った.ここでは,断層変位の挙動に関するモデルの違いを考慮して,地震学的スケーリング則を震源断層全体に適用する場合と,各セグメントに適用する,カスケードモデルの考え方に従う場合について,地震規模を与えた.震源断層の不均質すべりに対応するアスペリティ設定では,その面積を地震動の短周期レベルの経験式から与えるモデルと経験的な面積比(22%)に従うモデルの2つの方法を適用した.これらの組合せによって得られる4つの不均質震源モデルに対し,3つの破壊開始点,岐阜‐一宮断層の破壊の有無の2つの連動様式を組合せた24ケースの震源断層モデルを構築し,経験的グリーン関数法により強震動シミュレーションを行った.広域の観測震度分布と最も整合した震源断層モデルは,(1)地震規模を地震学的スケーリング則に基づいた方法で与え,(2)震源断層の22%を占めるアスペリティを設定し,(3)温見セグメントの北西端から破壊が始まり,(4)岐阜‐一宮断層が地震時に破壊したモデルとなった.得られた最適モデルに基づくと,活動セグメントが単独で破壊する地震と,複数の活動セグメントが破壊する地震で,そのセグメントのすべり量が変動する可能性が示唆される.

 第2に,連動破壊したと考えられる伏在断層である岐阜‐一宮断層の震源断層モデルの位置,断層長さ,傾斜角を,面的な震度評価を通して,岐阜‐一宮断層近傍の震度7の分布,および住家被害率の分布を再現することで求めた.震度は,震源断層モデルとこの地域の地下構造モデルを用いて,統計的グリーン関数法によって得られた強震動波形から計算した.その結果,震源断層の一部としての岐阜‐一宮断層は濃尾平野の北東部に位置し,東に75°傾斜した断層面で,その長さは従来のモデルよりも概ね10km短い24kmが最適であることが分かった.この断層モデルの妥当性を震度7の発生要因の観点から評価するため,岐阜‐一宮断層付近を主として,観測震度が7となった27地点で微動観測を行い,微動のH/Vスペクトル比に基づいて地盤震動特性の分類を行った.濃尾平野北東部の地盤増幅は,平野の西側よりも相対的に小さいことが分かり,平野の北東部に位置する地点の震度7が,近傍に震源断層が存在することにより説明できることを示した.また,岐阜‐一宮断層が従来の研究に比較して短く求められたことは,人工地震探査から得られた変動地形学的情報と対応していることがわかった.

 本学位論文においては,震度情報を用いて1891年濃尾地震の震源断層モデルを推定し,長大活断層帯が破壊した大地震の震源特性に関する知見を得ることができた.また,現状の想定地震に対する震源断層モデルに基づく強震動シミュレーション手法を,長大活断層帯にも適用できることを明らかとした.その一方で,長大活断層帯で複数のセグメントが破壊する地震では,破壊が伝播する際に断層端部ですべり量が大きくなることによって,地震モーメントも大きくなり,その結果,地震規模が地震学的スケーリング則で拘束されるという解釈を,一つの事例によって示した.また,本研究の結果からは,アスペリティの応力降下量の設定手法として,震源断層に占めるアスペリティの面積比を一定とし,応力降下量が地震規模に依存するモデル化を,総延長100km程度の活断層帯では適用できることを示した.しかし,より長大な断層帯への適用については課題であり,他の実地震を対象とした検討が必要である.